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京都市立芸術大学音楽学部 平成28年度卒業演奏会の出演者及び曲目が決定


【受賞情報】本学卒業生の南部真有香さんが香港国際ポスタートリエンナーレ2017に入選

平成28年度学部卒業式並びに大学院学位記授与式を開催

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 平成29年3月23日,平成28年度美術学部・音楽学部卒業式並びに大学院美術研究科・音楽研究科学位記授与式を執り行いました。

 美術学部131名,音楽学部71名,美術研究科修士課程63名,音楽研究科修士課程19名,美術研究科博士課程11名,音楽研究科博士課程2名が,門川大作京都市長をはじめ来賓の皆様,保護者の皆様,教職員に温かく見守られ,卒業式並びに学位記授与式に参加しました。

 今年も例年どおり,美術学部・大学院の多くの学生は,映画やアニメのキャラクターなど,自作の仮装で出席しました。卒業証書授与の際には,学生たちの趣向を凝らした仮装姿に鷲田学長も思わず吹き出すハプニングもあり,会場は笑顔が絶えず,本学らしい和やかでアットホームな式となりました。

 卒業生・修了生の皆さん,本当におめでとうございます。

 本学一同,皆さんのご活躍を心から期待しております。

 

     

     

2016年度卒業式式辞

 本日ここに集われた美術学部131名,音楽学部71名の卒業生のみなさん,大学院美術研究科63名,音楽研究科19名の修士課程修了生のみなさん,そして美術研究科11名,音楽研究科2名の博士課程修了生のみなさん,ご卒業,ご修了,まことにおめでとうございます。ご臨席いただきましたご家族のみなさまにも心からお祝い申し上げます。

 また,門川大作京都市長をはじめ,美術教育後援会,音楽教育後援会,美術学部同窓会,音楽学部同窓会のご来賓のみなさまにもご列席いただけましたことに,京都市立芸術大学を代表して深く感謝申し上げます。

 わたしがこの大学の学長を務めさせていただくようになって,二年が過ぎました。大学の教員になってから40年ほどになりますが,わたしにとって実技系中心の大学で仕事をするのは初めてのことでした。そしてこれまでずっと,実技系の大学で学ぶこととは何だろうかと考えてきました。みなさんに卒業のお祝いの言葉を贈るにあたって,まずそのことから始めたいと思います。

 一昨年に亡くなられた詩人の長田弘さんは,若い頃,オートバイによるヨーロッパ縦断の旅に出られ,その紀行文のなかにこんな言葉を書きとめられました。

《見えてはいるが,誰も見ていないものを見えるようにするのが,詩だ》

 哲学を専攻しているわたしは,ここで詩といわれているのはそのまま哲学のことだと思い,体の芯から震えました。わたしは今日まで長田弘さんの書かれる文章の「詩」のところを,いつも「哲学」に置き換え,それらの文章を哲学の研究者にも宛てられたものとして読んできました。

 その長田さんが晩年に書かれたものに,「チェロ・ソナタ,ニ短調」というエッセイがあります。それはこんな文章で書きだされています――

 ひとのもつ微妙な平衡感覚をつくっているのは,そのものがそのものとしての正しい大きさをもっていると信じる,あるいは信じられるということだ。正しい大きさの感覚が,認識を正しくするのだ。

 ここで「正しい大きさの感覚」とは,身体の容量,ヴォリュームにもとづくそれのことです。人間はじぶんの身体の大きさを物差しとしてしか世界を測れないからです。じじつ,わたしたちはこれまで,みずからの身体を基として世界を測定してきました。左右に大きく拡げた腕の幅,指先から肘までの長さ,拡げた掌の親指と小指の隔たり。これらを単位にものの大きさを測ってきました。あるいは,歩数で距離を測ってきました。世界を測るとは,みずからの大きさを手がかりとして,正しい大きさにあるものたちのあいだの均衡を知るということなのです。そしてそのことをつうじて,ひとは宇宙の中のじぶんの大きさ,小ささを知るのです。

 そういう意味で,世界のリアリティの基は個々の身体にあると言えます。そしてこのリアリティは,まずは身近にある他者の身体とみずからのそれとがいわば生身でまみえ,交感するなかで,時間をかけてじっくりと形成されていきます。

 が,ものの大きさ,宇宙の大きさは,現代社会にあっては,テレビやスマートフォンの映像でかんたんに相対化されてしまいます。指先で,あるいはボタン一つで,どうにでも拡大/縮小できるからです。ここでは人間の存在が大きくなりすぎて,他の存在がみなまるで操作の対象のように扱われてしまう。この世界にあるものたちのあいだの均衡が揺らいでしまうのです。そして長田さんがもっとも憂慮したのは,このことで,「想像されたものの正しい大きさの感覚」までもが傷つけられてしまうのではないかということでした。

 帽子は,帽子としての正しい大きさをもっていての帽子であり,クロッカスは,クロッカスとしての正しい大きさをもっていてのクロッカスであり,犀は,犀の正しい大きさをもっていての犀だと,長田さんは言います。同じように,一角獣という想像上の存在も,その正しい大きさをもっていての一角獣であるはずなのに,その大きさがだれにも分からなくなっているのではないかと言うのです。

 芸術もおなじです。《音楽》にも正しい大きさというものがきっとある,そう長田さんは思ったのでしょう。このエッセーの末尾で,ラトヴィア生まれのチェリスト,ミッシャ・マイスキーの独奏をじかに聴いたときの想いをこう綴っています――

《小柄で人なつこい顔をした〔この〕チェリストは,じつに愛しそうに,チェロを抱いて弾く。まるで音楽を愛するというのは,一人のチェリストにとって,チェロの正しい大きさを愛することなのだというふうに。ひとのもつ全体の感覚を,いま,ここに生き生きとよびさますのが音楽ならば,そのショスタコーヴィチのチェロ・ソナタ,ニ短調がまさにそうだった》と。

 そう,チェリストはチェロを,世界を測るみずからの身体の一部としたのです。いいかえると,チェロというもう一つの身体を手に入れることで,チェロという楽器を基に,世界をさらに正確に,それまで人が知らなかったところまで測りはじめたということです。

 おなじことはおそらく絵画や彫刻や陶芸についても言えるでしょう。人物や風景はふつう実物よりも小さく描かれ,また彫琢されますが,ときにニキ・ド・サンファルの女性像のように,あるいはヤノベケンジさんの巨大ロボット人形「ジャイアント・トらやん」のように,とてつもなく大きいオブジェとしてしかその存在を表わせないこともあります。茶道の茶碗の大きさにしても然り。そういう正しい大きさの探究こそが芸術という営みの核にあるのではないか。長田さんは,そういう確かな「大きさの感覚」が身体の内から立ち上がる,その地点にまで立ち返って芸術を考える必要を,静かに訴えたのでした。

 みなさんもこの4年間,楽器をいやというほど弾きこなし,絵の具や土を捏ね,積み上げるなかで,まさに身体をとおしてその「正しい大きさ」を問いつづけてこられたのではないでしょうか。そしてそれはモノとの関係,自然や宇宙との関係においてだけではありません。現代という時代は,他の人たちとともに生きる,その社会の正しいサイズについてもおなじ問いを向けなければならない時代なのです。わたしたちが生きていくためにどうしても必要な社会のシステムは,いま,複雑に錯綜しつつひたすらそのサイズを拡大しつつあるように見えます。そしてその全容をだれも摑めないような状態になっている,あるいは個人の力ではもはや制御不能な状態になっている。が,これはとても危ういことです。そのことをわたしたちは6年前,福島第一原発事故によって思い知らされました。わたしたちが集団として生き延びるには,その生存の手立てをすべてシステムに預けるのではなく,その基となるべきコミュニティにもっと力をつけなければならない。そのときコミュニティの「正しい大きさ」とは何か。それを探りなおすことが今ほど強く求められている時代はないと思うのです。

 実技系の学びというのは,じぶんの身体にまさにそうした「正しい大きさの感覚」を呼び戻すためにあります。みなさんは,演奏のなかで,あるいは制作のなかで,過去の芸術家たちのその探究に学び,それらと辛抱強く対話し,さらに現代という時代の課題に応えるべくそれを超えていこうと研鑽しつづけてきました。そういう伝承と刷新,保存と創造のダイナミズムに,それぞれが身を晒してきたのです。それが実技の学びということです。

 ここでとりわけ大事なことは,じぶんたちが歴史の一定の高さにいるということをしっかり摑むことです。芸術の歴史のみならず,芸術が置かれてきたこの社会の歴史,政治や経済の歴史の,一定の水準にいるということです。じぶんが孤独な状態のなかで独り抱え込んでいると思いつめている苦痛や不安も,けっして個人のプライベートな問題ではありません。家族や地域から国際情勢まで,じぶんが一定の歴史的な脈絡のなかに生まれ落ちたこととつながっています。そして,これからもいやでも他の人びととともに時代に巻き込まれ,道筋も見えないまま生きてゆくほかありません。そしてそれがのちにまぎれもない歴史となります。そういうふうに,じぶんの個人的な傷や不安も,表現行為も,ことごとく時代のなかにあるということを,見逃さないでほしいのです。じぶんの問題が時代のなかに深く根を張っていることを知ることで,そこから,じぶんの生き方,さらにはじぶんたちの生き方のギアをどう入れ替えるのか,それを考えつづけてほしいのです。

 さいわい,みなさんは演奏する曲ごとに,制作する作品ごとに,一つの行為の初めと終わりを,何度も,強い緊張のなかで経験してきた。それが京芸での4年間の最大の財産です。総合大学で卒業時にやっと卒業研究や卒業論文に取り組むのとは違い,あなたがたは夥しい数の曲をひたすら練習し,演奏してきた。果てしない時間をかけて試行錯誤をくり返し,最後は作品にしてきた。初めと終わりのあるプロセスを何度も何度も歩み抜いたということ,これはほんとうに幸運なことなのです。

 というのも,たとえば東北の被災地には,6年という歳月を経ても,いまなおその日から時間が凍結したままの人がいる。「心の時計」がやっと少しだけ動きだしたと漏らす人もいる。その一方で,《復興》への道のりを思い,時の歩みはむごいまでに遅いと,ずっと苛立ってきた人もいる。そのように多くの人が,先が見えないままのサスペンディッドな状態に置かれています。いまだ避難生活を強いられている12万3千人もの人たち。この間生活の拠点を何度も移しかえねばならなかった人たち。帰郷しても先の見通しが立たない人たち。仕事のこと,健康のこと,老後のこと,なによりも子どもの将来のこと……そんなあたりまえの大事が,それぞれの場所でそれぞれに問題を深く抱え込んだままです。被災地の外では「記憶の風化」が口にされますが,被災地では6年経っても完了形で語れることはとても少ないのです。

 しかし,見通しがつかないのは,じつは被災地だけではありません。社会全体が現在,そういう傾向を強めています。だれにも行き先がよく見えなくなっている,それが現代という時代です。どういう形であれ,これからもずっと芸術にかかわる仕事を続けていきたいと願っているであろうみなさんも,先行きがしかと見えず不安であるのはおなじでしょう。そんなみなさんに,最後に,京芸の大先輩で,わたしの長年の友人でもある美術家の森村泰昌さんの言葉を贈りたいと思います。

 森村さんはヨコハマトリエンナーレ2014で総合ディレクターを務めましたが,その公式ひらがなカタログ『たいせつな わすれもの』のなかで,福岡道雄さんという彫刻家の仕事について書いています。福岡さんは彫刻の制作をあえてみずから断つその直前の1990年代後半に,大きな金属板に電動彫刻刀で細かい文字をそれこそ何千回,くりかえし書き刻む作品を作りました。漆黒の金属板にドリルでひたすら《何もすることがない。》と刻み続けたのです。その仕事にふれて,森村さんはこう書いています。

いきがいって ことばが あるね。 だれかのために なにかを してあげるとかさ。 スポーツで いい タイムを だすとかさ。 でもね, だれもが いきがいを みつけられるとは かぎらない。 いきがいに なることが なにも ないときは どうすれば いいのだろう。 こたえは, ふくおかさんの さくひんが おしえてくれる。 そう,なにを していいか わからないときは, 「何も することがない。」ということを やりつづけたら いい。 ふくおかさんは, なんびゃっかい,なんぜんかいと, 「何も することがない。」と ほりつづけました。 それが さくひんに なる。 げいじゅつに なる。 なにも することが なくても, げいじゅつの かみさまは, あなたを みすてません。

 この作業,ワークが,芸術ではそのまま作品,ワークになるのだというのです。

 みなさんもこの先きっと,何度も,道に迷ったり,目の前の道が消えたり,分かれ道で途方に暮れたりすることがある。でも,この大学で何度も何度も演奏と制作のプロセスを歩み抜いた経験,いいかえると,芸術にいちど寝食を忘れるまでにとことん取り組んだ経験は,あなたがたの身体にしかと痕跡を残し,このあとかならず大きな財産になるはずです。みなさんには,これからどのような場所で,どのような職業をつうじて芸術にかかわり続けるにしても,芸術をつうじて,おなじ時代を生きる人びとの歓びや悲しみ,苦しみに深く寄り添い,どんな苦境のなかでも希望の光を絶やさぬよう,力を尽くしていただきたいと心から願っています。

 森村さんの言葉のとおり,みなさんの未来に芸術の深い慈しみの光が射し続けることを祈りつつ,以上,私からの祝福のことばとさせていただきます。みなさん,どうかお元気で。

平成29年3月23日

京都市立芸術大学 学長

鷲田清一

     

     

       

【受賞情報】本学在学生,卒業生が各種音楽コンクールで受賞

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本学の在学生,卒業生が次のとおり国内外の各種音楽コンクールで受賞しています。

御受賞,おめでとうございます。

第34回富山県新人演奏会(於:富山市)

成績 受賞者 専攻・学年または卒業/修了年

北日本新聞音楽奨励賞

富山県知事賞

塚田尚吾(つかだ しょうご)さん

修士課程1回生

器楽専攻(ピアノ)

バックン国際クラリネットコンクール(於:アメリカ・テネシー州ナッシュビル)

成績 受賞者 専攻・学年または卒業/修了年

ヤング・アーティスト部門

第3位

森 菜穂子(もり なおこ)さん

音楽学部 平成26年卒業

管・打楽専攻(クラリネット)

音楽学部・大学院の受賞情報

音楽学部・大学院

「京芸イベントガイド 2017年春夏号」を発行しました。

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本学による主催又は教員,学生等が参加する展覧会や演奏会,各種講座等を紹介する「京芸イベントガイド 2017年春夏号」を発行しました。

本号では,2017年4月から同年9月までの期間に実施する各種イベントを紹介しています。

イベントガイドは,京都市役所はじめ各区役所・支所,京都市営地下鉄各駅などで配布しているほか,大学HPからもダウンロードできますので,ご覧いただき,本学がお届けする多種多様なイベントに是非足をお運びください。

京芸イベントガイド2017 春夏号[PDF:2.4MB]

3月29日発行の京都新聞夕刊に,本学総合芸術学科取材班による記事が掲載されました。

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​3月29日発行の京都新聞夕刊紙面「@キャンパス」のコーナーに,本学美術学部総合芸術学科取材班による取材記事が掲載されました。

今回は,本学日本伝統音楽研究センターの田鍬智志准教授が,平安・鎌倉時代の史料をもとに再現を試みた雅楽法会「管弦講」について取り上げています。

本学大学院ビジュアル・デザイン専攻の学生が,募金箱をデザイン

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難病に苦しむ患者さんとその家族の支援活動に取り組んでいるNPO法人京都難病連(北村正樹代表理事)から,募金活動を行う際に設置する募金箱のデザインを本学の学生に描いてもらえないかとのご相談をお寄せいただきました。

これを受けて,日頃から「Anshinな社会を実現するためのデザイン」をテーマに教育研究活動に取り組むデザイン科ビジュアル・デザイン専攻の辰巳明久教授の指導により,大学院美術研究科修士課程デザイン専攻(ビジュアル・デザイン)1回生の瀬口優和さんが募金箱をデザインしました。

太陽の下に色鮮やかに咲く花が描かれたデザインは,病気を抱える人もそうでない人も太陽の下で笑って暮らせる社会をイメージしたものです。

平成29年3月28日に,完成した募金箱20個が京都難病連の皆さんに引き渡され,今後,京都市立病院をはじめ京都市内各所に設置される予定です。

関連ページ

ビジュアル・デザイン専攻

ビジュアル・デザイン専攻(専攻特設ページ)

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「京都アカデミアフォーラム」in丸の内の開設に本学も参加

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  本学では,京都大学の提唱による「大学の街-京都」を東京で発信する新たな試みである「京都アカデミアフォーラム」の開設に京都府下の多数の大学とともに参加することとしました。

 この試みは,京都大学の東京オフィス(新丸の内ビルディング10階)の隣接スペースに京都の文化・芸術・科学の情報発信や産学連携活動の拠点を開設し,歴史・技術・産業応用など各大学が得意とする分野の視点からの講演会,各大学の学生募集活動,在学生の作品制作発表会,教員の研究発表など,多方面からの情報発信を行っていく予定です。

 開設日は2017年7月3日を予定しています。

○参加大学

京都外国語大学,京都光華女子大学,京都工芸繊維大学,京都精華大学,京都橘大学,京都美術工芸大学,同志社女子大学,京都大学,京都市立芸術大学


KYOTO駅ナカアートプロジェクト2017で,本学学生が作品を展示中です。

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ekinaka_icon 京都市内の芸術系等10大学及び京都市では,「大学のまち京都」,「文化芸術都市京都」ならではの取組として,協賛企業等の御協力のもと,学生が創作したアート作品を各駅に展開することにより,京都の重要な都市装置である地下鉄のイメージアップと活性化を図る「KYOTO駅ナカアートプロジェクト2017」を3月21日から実施しています。

 開催初日はゼスト御池の河原町広場において感謝状贈呈式が行われ,本学美術学部藤本英子教授及び作品を制作した環境デザイン専攻の矢野梨花子さんと留学生のパウリン・タニアさんが,門川大作京都市長から感謝状をいただきました。

 また,その後行われたジョイントミーティングでは,各大学の制作者によるプレゼンテーションが行われ,それぞれ作品の見どころをアピールしました。

 本取組は2011年から行われており,6回目を迎える今回は,新たに大谷大学を加えた計10校の大学が参加し,「国際文化都市・京都」をテーマにした作品を地下鉄の10駅に5月31日(水曜日)まで掲出されており,本学の矢野さんとパウリンさんの作品「お堀の時代祭」は,東西線の「二条城前」駅で御覧いただけます。

 是非,この機会に,地下鉄・市バスに乗って素晴らしいアート作品を見にお出かけください。

 

Web

京都市交通局のページ

詳細はこちらを御覧ください。

 

【KYOTO駅ナカアートプロジェクト2017】紹介動画

※3月21日にゼスト御池の9面スクリーンにて放映されたものです。

制作:大谷大学 松川ゼミ(芝井勇翔,河居健三郎・サポート/音楽:倉光延行)

 

関連ページ

環境デザイン専攻

 

文化庁庁舎(東京・霞が関)で本学美術学部卒業生等の作品を展示

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現在,東京・霞が関の文化庁庁舎において開催中の「Arts in Bunkacho~トキメキが,爆発だ」に,本学卒業生の阿波野由起夫さん(美術学科油画専攻・平成21年卒業)と野原万里絵さん(大学院修士課程絵画専攻(油画)・平成25年修了)の作品が出展されています。

本学も参加する全国芸術系大学コンソーシアムと文化庁の主催による本プロジェクトには,同コンソーシアム加盟大学の学部,大学院生,卒業生・修了生の若手芸術家36名の選抜された作品が庁舎内外に展示されています。

(展示期間:平成29年6月30日まで。入場無料。)

関連ページ

文化庁報道発表ページ

【受賞情報】本学音楽学部ピアノ専攻卒業生の宮庄紗絵子さんが海外の音楽コンクールで受賞

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本学音楽学部ピアノ専攻卒業生の宮庄紗絵子(みやしょう さえこ)さん(平成25年卒業)が,フランスで行われたレ・クレドール国際音楽コンクールのピアノ部門で第1位を受賞しました。 御受賞,おめでとうございます。

レ・クレドール国際音楽コンクール(於:イル・ド・フランス(フランス))

成績 受賞者 専攻・学年または卒業/修了年

ピアノ部門 第1位

宮庄紗絵子(みやしょう さえこ)さん

音楽学部 平成25年卒業

ピアノ専攻

音楽学部・大学院の受賞情報

音楽学部・大学院

平成29年度京都市立芸術大学入学式を開催

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 平成29年4月10日,平成29年度京都市立芸術大学入学式を執り行いました。

 

門川大作京都市長御祝辞   門川大作京都市長御祝辞

 美術学部135名,音楽学部65名,美術研究科修士課程62名,音楽研究科修士課程25名,美術研究科博士後期課程7名,音楽研究科博士後期課程4名の総計298名が,門川大作京都市長をはじめ来賓の皆様,保護者の皆様,教職員に温かく見守られ,入学式に参加しました。また,開式にあたって,音楽学部在学生が歓迎ファンファーレ「ポール・デュカス作曲 舞踊詩《ラ・ペリ》より」を披露しました。

 

 

 

 

晴天の下に行われた本年度の入学式,新入生はそれぞれの思いを胸に抱き,期待に満ちた表情が輝く晴々とした顔で参加されていました。

新入生の皆さん,御入学おめでとうございます。

皆様の大学生活が,実りある人生の1ページとなりますように。

教職員一同,心よりお祝い申し上げます。

 

<学長式辞>

 本日ここに集われた200名の学部生,98名の大学院生のみなさん,入学ならびに進学おめでとうございます。ご臨席いただいたご家族のみなさまにも心よりお祝い申し上げます。また,門川大作京都市長をはじめ,経営審議会,美術教育後援会,音楽教育後援会,美術学部同窓会,音楽学部同窓会のご来賓のみなさまにも,ご臨席いただけましたことに,京都市立芸術大学を代表して深く御礼申し上げます。

 今年は桜の開花が例年よりは少しゆっくりしていましたが,そのおかげでちょうど満開の桜の下で,そして洛西の山々がそろそろ新芽を吹きだそうかという頃合いに,みなさんをお迎えできたのはとてもうれしいことです。

 さて,みなさんがこれから学ばれるこの京都市立芸術大学は,わが国でもっとも古い歴史をもつ芸術系の大学です。また京都の高等教育機関としてももっとも早く,1880年(明治13年)に創立されました。当初は京都府画学校として設置されましたが,その後すぐに京都市に移管され,以後,京都市画学校,京都市美術学校,京都市絵画専門学校等と改称されていきました。そして戦後,新しい大学制度の下,1950年に京都市立美術大学として発足し,翌々年の1952年には京都市立音楽短期大学も創立され,それらを統合するかたちで1969年にいまの京都市立芸術大学となりました。当時,美術学部は京都・東山の今熊野,音楽学部は岡崎の平安神宮横というふうに学舎は分かれていましたが,創立のちょうど百周年にあたる1980年に,京都・洛西のこの沓掛の地にキャンパスを統合・全面移転し,今日に至っています。

 京都市立芸術大学は,制作と作曲・演奏という,実技系中心の大学です。絵やオブジェの制作や,楽曲の創作のみならず,演奏も楽譜という骨に肉をつけることと考えれば,美術も音楽も「つくる」ということが基本にあります。そして「つくる」というのは,現代,人類がその回復をもっとも必要としているものです。そのことの意味を,今日から「つくる」ことの学びを始められるみなさんにここでお伝えしておきたいと思います。

 太平洋戦争の終焉からおよそ半世紀後にみなさんは生まれましたが,この半世紀は戦後復興から高度成長を経て,さらには高度消費社会という「豊かな社会」をめざす道程でもありました。「豊かな社会」の行く末には「成熟した社会」が待っているはずでしたが,じっさいには〈貧困〉や〈格差〉など,20世紀には想像もしえなかった語が飛び交う社会に,21世紀に入りわたしたちは直面することになりました。

 これは政治や経済の複雑な事情が絡むことがらで,そのあまりの複雑さにわたしたちは茫然とせざるをえないところがありますが,他方で一つ,明確になったことがあります。それは確認するのも悲しいことですが,わたしたちが市民としての力をひどく損なってきたという事実です。

 ひとは生きものとして生きるため,生き延びるために,どうしてもしなければならないことがあります。食材を確保すること,食べたあとの排泄物を処理すること,新しく生まれる子どもを取り上げること,育てること,病に苦しむ人を癒すこと,老いゆく人を世話すること,死にゆく人を看取ること,もめ事を仲裁すること,災害に備えること,などなどです。これにはそれぞれ技というものがあって,それを身につけないと生きてゆけない。そういう技が人類の長い歴史のなかで,世代から世代へと伝えられてきました。

 20世紀の人類社会は,そのプロフェッショナルを養成し,そういう「いのちの世話」を彼らに委託することで,それらの技をより確実なものにしようとしました。出産や医療や看取りは医師に任せ,介護も専門スタッフに任せ,もめ事の仲裁は役所や弁護士に任せ,災害の備えは自治体や消防署に任せ,というふうにです。人びとはこのように社会のさまざまなシステムに依存するかたちで,「便利」と「快適」を手に入れてきたのです。

 そのことで「安心」は得られましたが,そこには一つ,落とし穴がありました。生き延びるためにだれもが身につけなければならないことをシステムに委託することで,わたしたち自身は自分の手でそれをなす力をどんどん失っていったのです。そのことをいやというほど思い知らしめたのが,あの東北での大震災と原発事故でした。災害や事故で社会の基盤が崩れたとき,自分で水や食材を調達することができない,火もおこせない,応急処置や看護もできない……そういう無力を知らされたのでした。「いのちの世話」という,だれもが日々なさねばならないことを,税金やサーヴィス料を払って社会のシステムに委託することを幾世代かにわたりくり返しているうち,みずからそれを担う能力をすっかり失ってしまっていたのです。

 もうおわかりかと思いますが,いまわたしたちが回復しなければならないのは,社会が提供してくれるサーヴィスをうまく「消費する」テクニックではなくて,「いのちの世話」を人びとが協力してなす技です。「消費」ではなく,自分たちの手で「つくる」ということです。「つくる」ことの技です。

 ここで「つくる」という技は,製品や作品の制作に限られるものではありません。人と人がつながることにも,人と人が協力して何かをなすことにも,あるいは,ここにはないものを想像するにも,別の社会のあり方を構想するにも,そのために何かを調べることにも,そしてさらには危うい所から逃げ出すことにも,技はあります。そしてアートとは技のことです。そういう「生き延びるための技」のもっとも基本的なところを学ぶ場が芸術大学だと,わたしは思っています。

 芸術はしかし,物品の製造とは異なります。製造工程を熟知しているだけでは芸術にはなりません。そこには,これまでだれも見たことのないようなものを創りだす「構想力」(imagination)というものが必要となります。

 わたしはこの大学に着任してすぐ,学生たちのアトリエをのぞきました。そのとき最初に目にしたのは,大きなキャンバスの前でしゃがみ,ときどき眼を上げはしますがほとんど俯いたままなにか考え込んでいる姿でした。ここはどうするかと迷うだけでなく,きっと,自分はいま何をしようとしているのか,何をしたいのか,何をすべきなのかと考え込んでいたのだと思います。そう,芸術ということで自分は何をしようとしているのか,と。

 みなさんもこれからの4年間,きっとこういう光景を何度も目にされると思います。いえ,自身がそういう状態に何度もはまってしまうと思います。芸術が「生き延びる技」であるからには,生きることの意味,在ることの意味,さらには共同生活のあるべき形,他の生きものとの共存の仕方など,考えれば考えるほど,問いは深まり,そして込み入っていかずにはいないからです。

 音楽についてこんな問いを発した人がいます。——「音楽で人を殺せるか?」 歌人で演劇家でもあった寺山修司は,音楽がもし人を支え,救うことができるのなら,それで人を殺すことだったできるはずではないかと問いました。芸術は社会の芯にほんとうに届いているか,それができなければ最後まで無害なお飾りで終わるのではないか,命懸けで取り組むというものではなくなるのではないか……と問いを研ぎ澄ましたのです。衝撃でした。どの領域でどのような問いを立てるときも,いつもこれくらい想像力を研ぎ澄ませておかないとだめなんだと思い知らされました。

 みなさんもこれから制作や演奏に取り組むなかで,きっと何度も悩むはずです。描けなくなったら,弾けなくなったらどうしようという焦りもあれば,自分には才能も,いやそもそも意欲がないのではないかと考え込むことにもなるでしょう。けれども問いはそのようにみなさんの内側にあるだけでなく,問いを掘り下げていけば,社会のさまざまな困難にも接続していきます。わたしたちは一定の歴史状況の中に生まれ落ちたからです。〈わたし〉が抱え込む問題はかならずどこかで〈社会〉の抱え込む問題につながっているからです。

 そのことを知ることで,表現も深まっていきます。感情は自分の内側をほじくることではなく,むしろ時代と向き合う中ではじめて,厚みを得ます。〈わたし〉ではなく〈わたしたち〉が直面している問題にしかと向きあう中で,です。そうしてはじめてあなた方一人ひとりの問いは別の人にも伝わり,やがて多くの人を揺さぶるものともなるのです。

 そういう意味で,芸術は果てしのない探究だということになります。教員も同じです。日々同じ探究を続けています。悩み,もがき,苦しんでいます。そして最終的な答えが出るか出ないかもわからない無限の探究であるからには,教員と学生との関係も,どこまでも先輩・後輩の関係です。この探究の前では大家も初心者もありません。問いと向きあうときのセンスや発想が肝心だからです。だから芸術系では教員も,ここをこうしなさいと決めつけるのではなく,「ここんとこ,きついよね」とか「これからどうする?」「ああ,こうくるか?」と横でいっしょに考えるのです。教員にできるのは,問題と格闘する自分の姿を見せるでもなく見せることで,その緊張感と気迫とを伝えることまでです。答えを示すのではなく,取り組み方を伝えるということ。つまりは「薫陶」(香りを染み込ませること)ということです。それがこの大学では少人数教育というかたちで丁寧になされていると,わたしは自信をもって言うことができます。

 一人ひとりにも,社会にも,どうにもならないものがあります。それに打ちのめされる体験を反芻しつつ,それでもそこから脱出する一条の光を見つけることが,芸術のいとなみなのでしょう。あるいはこんなふうに言ってもいいかもしれません。人には知らないこと,解決できないことがいっぱいあるけれど,それでもこれは大事,これも大事という余白,そういう余白をまわりに拡げてゆくのが芸術ではないか,と。

 そういう余白をもつことが人に勇気を与えます。そしてそういう余白,そういう糊代が,瓦がその端を重ねつつ連なっているように,人びとのあいだで重なりあうあいだは,世界は閉じることなくどこまでも開いたままでありつづけます。

 この大学には,「ちょっと助けて」と声を上げれば,だれかがすぐに駆けつけてくれるような,言ってみれば温い気風があります。困ったら,教えてもらう,貸してもらう,直してもらう,手伝ってもらうということが,何の遠慮もなくあたりまえのようにできる空気です。糊代いっぱいのこの空気こそ,ここでは自分は見棄てられていない,孤立してないという安心感を与えてくれるものです。そしてこれは,わたしたちの社会にもっとも必要なものでもあるのです。そしてこの技こそ,物づくりの技以上にたいせつなものではないかと,わたしは思うのです。

 みなさんの健闘と幸運を祈ります。

 

平成29年4月10日 京都市立芸術大学学長 鷲田清一

京都市立芸術大学音楽学部・大学院音楽研究科 第155回定期演奏会のソリスト及び曲目が決定

【受賞情報】「清流の国ぎふ芸術祭 Art Award IN THE CUBE 2017」で,本学在学生・修了生が入賞

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本学在学生・修了生が,「清流の国ぎふ芸術祭 Art Award IN THE CUBE 2017」で入賞しました。

御受賞,おめでとうございます。

なお,入賞作品は平成29年6月11日(日曜日)まで,岐阜県美術館において鑑賞いただけます。

清流の国ぎふ芸術祭 Art Award IN THE CUBE 2017

成績 受賞者 専攻・学年または卒業/修了年

審査員賞

(田中泯賞)

谷本 真理 さん

美術研究科修士課程

彫刻専攻修了(平成24年3月)

審査員賞

(鷲田清一賞)

水無瀬 翔 さん

美術研究科博士(後期)課程

メディア・アート研究領域3回生

入選 中村 潤 さん

美術研究科修士課程

彫刻専攻修了(平成23年3月)

堀川 すなお さん

美術研究科修士課程

絵画専攻油画修了(平成24年3月)

松本 和子 さん

美術研究科修士課程

絵画専攻油画修了(平成27年3月)

参考ページ

美術学部・大学院の受賞情報

美術学部・大学院

清流の国ぎふ芸術祭

 

 

京都市立上里小学校「ゆうゆうバス再生プロジェクト」に本学美術学部学生が参加

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 京都市立芸術大学がキャンパスを置く京都市西京区の市立上里小学校には,旧いバスの車体に児童たちの夢や願いを描いた「ゆうゆうバス」が置かれています。バスの車内は図書室として利用されており,長年にわたり同校の児童たちから愛されていましたが,色落ちが進むなど傷みが目立つようになったことから,校長先生からの依頼を受けて,本学美術学部の学生たちが,児童の皆さんの夢や願いをバスの車体に描くことになりました。

 絵を描いたのは美術学部油画専攻の4名の学生たちで,学校運営協議会をはじめ地域の皆さんがきれいにしてくださったバスの車体に,児童の皆さんから寄せられた夢や願いを描いていきました。ケーキ屋さんやスポーツ選手,美容師など憧れの職業がカラフルに描かれ,作業の途中には,様子を見守っていた子どもたちが色塗りを手伝ってくれたこともありました。

 4月17日(月曜日)に行われた「完成お披露目の会」には,同校の全児童が新しくなった「ゆうゆうバス」の前に集まり,児童代表から絵を描いた4名に,お礼の言葉とともに,生まれ変わったバスを見ての感想を綴ったメッセージが贈られました。

 また,お披露目会終了後,子どもたちは自分の夢や願いがバスのどこに描かれているかを探したり,絵を描いた学生たちと交流を図ったり,バスを囲んで明るい声が校庭中に響いていました。

 本学学生に,バスに絵を描くという貴重な機会を与えてくださいました上里小学校の先生方をはじめ地域の皆様に,この場をお借りして感謝申し上げます。

再生プロジェクトに参加した学生

  • 東内咲貴さん(美術学部油画専攻卒業生(平成29年3月卒業))
  • 清水彩瑛さん(美術学部油画専攻4回生)
  • 高瀬栞菜さん(美術学部油画専攻4回生)
  • 石原理慧さん(美術学部油画専攻4回生)
参考ページ

油画専攻


【受賞情報】本学音楽学部ピアノ専攻卒業生の中野万里子さんが第19回万里の長城杯国際音楽コンクールで受賞

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本学音楽学部ピアノ専攻卒業生の中野万里子(なかの まりこ)さん(昭和54年卒業)が,中国音楽理事会主催の[第19回 万里の長城杯国際音楽コンクール]ピアノ部門一般の部Bで第1位に選ばれました。 御受賞,おめでとうございます。

第19回 万里の長城杯国際音楽コンクール(於:兵庫県尼崎市)

成績 受賞者 専攻・学年または卒業/修了年

ピアノ部門

一般の部B

第1位

中野万里子(なかの まりこ)さん

音楽学部 昭和54年卒業

ピアノ専攻

音楽学部・大学院の受賞情報

音楽学部・大学院

【受賞情報】本学卒業生及び大学院修了生が各種音楽コンクールで受賞

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本学の卒業生及び大学院修了生が次のとおり国内外の各種音楽コンクールで受賞しています。御受賞,おめでとうございます。

第32回打楽器新人演奏会(於:大阪市)

成績 受賞者 専攻・学年または卒業/修了年

ヤマハ賞

陶山 美輝(すやま みき)さん

音楽学部 平成28年卒業

管・打楽専攻

2017フィラデルフィア市国際音楽コンクール(於:イタリア・フィラデルフィア市)

成績 受賞者 専攻・学年または卒業/修了年

ピアノ部門

カテゴリーF

第1位

北濱 佑麻(きたはま ゆま)さん

音楽研究科 平成26年修了

器楽専攻(ピアノ)

音楽学部・大学院の受賞情報

音楽学部・大学院

【芸資研 第17回 アーカイブ研究会関連企画】エイズ・ポスター・プロジェクト[APP]による収集ポスターの一部を展示中

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_DSC8379_01_DSC8383_01 本学芸術資源研究センターでは,5月17日(水曜日)に第17回アーカイブ研究会を開催します。今回の研究会では,エイズ・ポスター・プロジェクト[APP]の活動に関わった,ブブ・ド・ラ・マドレーヌ氏(美術家),小山田徹氏(美術家・本学美術学部彫刻専攻教授),佐藤知久氏(文化人類学・本学芸術資源研究センター准教授)らが当時の活動を振り返ります。

 また,研究会開催に併せてAPPが収集した世界各地のNGOなどによって制作されたHIV/エイズに関するポスターを展示した「エイズ・ポスター・プロジェクト(1993-)アーカイブ」展を,本学大学会館内に移転した同センターのカフェスペースにて5月19日(金曜日)まで開催しています。

 アーカイブ研究会,アーカイブ展ともに参加無料(事前申込不要)です。

※アーカイブ展は平日10時-17時のみの公開です。ご注意ください。

第17回 アーカイブ研究会
日時 2017年5月17日(水曜日)17時30分~19時30分
会場 芸術資源研究センター・カフェスペース
「エイズ・ポスター・プロジェクト(1993−)アーカイブ」展
日時

2017年4月19日(水曜日)~5月17日(水曜日)10時~17時

※土・日・祝日は閉室

会場 芸術資源研究センター・カフェスペース

第17回アーカイブ研究会の詳細はこちらから

京都芸大サマーアートスクール2017受講者募集及び 平成29年度教員免許状更新講習の開催について

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この度,京都市立芸術大学美術学部では,サマーアートスクール2017を開催します。多くの皆様に,芸術文化に直接触れ,学ぶ機会を提供することを目的に,受講者を下記のとおり募集します。

 12回目となる今回は,現在設置されている美術学部の各専攻から,実技・講義とも多彩な内容の8講座を予定しています。

 また,本講座の一部は,教員免許更新制に対応した「平成29年度教員免許状更新講習」(教科指導,生徒指導,その他教育の充実に関する講座(計18時間))内の専門分野実習(12時間分)の

対象講座としても実施します。

 多くの皆様の御参加をお待ちしております。

 

◆ 詳細はこちらをご覧ください。

SAS2017_BNR

開催期間

① 2017年8月8日(火曜日)〜8月13日(日曜日)

② 2017年10月22日(日曜日)

※ 教員免許状更新講習受講の場合は8月7日(月曜日)〜8月13日(日曜日)

場 所

京都市立芸術大学 (京都市西京区大枝沓掛町13-6)

講座内容・定員等

サマーアートスクール2017講座案内ホームページをご参照ください。

※各講座の開催日時は講座毎に異なります。

申込期間

① 2017年6月1日(木曜日)~6月15日(木曜日)(必着)

 ※ 募集定員数を超えた場合は,抽選により決定します。

 ※ 締切後,定員に余裕がある場合は,2次募集(先着順で受入れ)

   することがあります。

② 2017年8月1日(火)〜8月31日(木)

 ※ 詳細については,別途お知らせいたします。

問合せ先

京都市立芸術大学 事務局 連携推進課(事業推進担当)

 電話 075−334−2204

 

〈教員免許状更新講習に関する詳細〉

 京都市立芸術大学教職課程研究室

 電話 075−334−2266

 FAX 075−334−2274

日本伝統音楽研究センター専任教員公募のお知らせ

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京都市立芸術大学では,日本伝統音楽研究センター専任教員を公募します。

募集の詳細については,「教員の公募(日本伝統音楽研究センター)について」をご覧ください。

採用予定日:平成30年4月1日

書類提出期限:平成29年7月31日(月曜日)必着

 

教員の公募(日本伝統音楽研究センター)について[PDF:234KB]

教務学生課 音楽教務担当

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